システィーナ礼拝堂はバチカン美術館の一部で、礼拝堂だけのチケットはありません。公式の案内でも、バチカン美術館の入場券で礼拝堂まで見学できると説明されています。礼拝堂は標準の順路の最後の部屋です。
礼拝堂は1473〜1481年に教皇シクストゥス4世のために建てられ、「システィーナ(シクストゥスの)」の名もそこから来ています。1483年8月15日の聖母被昇天の日に最初のミサが行われました。大きさは長さ約35m、幅約14mで、天井までは約20mあります。いまも教皇を選ぶ選挙(コンクラーヴェ)の会場です。
天井画は、教皇ユリウス2世の依頼で、ミケランジェロが1508年から1512年にかけて描きました。創世記の9つの場面を中心に、300人を超える人物が描かれ、描かれた面積は約40m×13mにおよびます。ミケランジェロは「自分は彫刻家だ」と、画家の仕事に気が進まなかったと伝えられています。
いちばん有名な場面は、神がアダムに命を与える「アダムの創造」です。礼拝堂の側面の壁には、ボッティチェッリ、ペルジーノ、ギルランダイオ、ロッセッリらが1482年までに描いた壁画が並びます。
礼拝堂は、天井画、側面の壁画、正面の「最後の審判」の3つに分けて見ると理解しやすくなります。天井画は、創世記の9つの場面を、天地創造、アダムとイヴ、ノアの3つのまとまりで描いています。中央に並ぶ場面を、入口側から順に見ていくと、物語を追えます。
仰向けに寝て描いたという説がよく知られていますが、実際には、組んだ足場の上に立ち、上を向いて描いたとされています。
正面の壁一面に描かれた「最後の審判」は、1535年から1541年にミケランジェロが制作した作品です。礼拝堂は1984年から1994年にも大規模な修復が行われ、1994年4月8日に公開されました。
2026年2月には「最後の審判」の特別な保全作業が始まりました。足場が組まれましたが、礼拝堂は開館したままでした。公式のニュースによると、表面の白っぽい膜を、和紙と蒸留水を使って取り除き、色と明暗を整えたとされています。作業は2026年春に終わったと公式に案内されています(正確な終了日は公式ページで確認できていません)。
ミケランジェロの天井画より前の1481〜1482年ごろには、礼拝堂の側面の壁に、ボッティチェッリ、ペルジーノ、ギルランダイオ、ロッセッリらの画家が壁画を描いています。主題は、モーセの生涯とキリストの生涯を対にして語るもので、天井画や「最後の審判」とは別の物語です。上を見上げるだけでなく、壁にも目を向けると、礼拝堂が多くの画家の仕事の集まりだとわかります。
天井画は、長い年月でほこりや煤で暗く沈んでいました。1984年から1994年の大規模な修復で汚れが取り除かれ、鮮やかな色彩が現れました。見学のとき、天井の色が思ったより明るいと感じるのは、この修復の成果です。
礼拝堂の中では、電子機器による撮影・録画ができません。係員から削除を求められる場合があります。礼拝堂では静粛にする決まりで、団体のガイドも入室前に説明を済ませ、中では解説しません。そのため、見学前に作品の見どころを予習しておくと、短い時間でも感動を深められます。
礼拝堂は、新しい教皇を選ぶ選挙(コンクラーヴェ)の会場です。選挙の結果を知らせる煙突の煙(黒は未決、白は決定)が、広く知られています。礼拝堂には、教皇のための聖歌隊(システィーナ礼拝堂聖歌隊)もあり、アレグリの「ミゼレーレ」などの宗教音楽の伝統で知られます。
徳島県の大塚国際美術館には、陶板でシスティーナ礼拝堂を再現した展示があります。本物の前に立つ体験とは違いますが、作品の構成を予習するには役立ちます。本物は、バチカン美術館の入場券で、順路の最後に見られます。
できません。バチカン美術館の入場券が必要で、礼拝堂は順路の最後にあります。
公式の決まりで、礼拝堂内は電子機器による撮影・録画が禁止されています。静粛にする場所であり、作品の保護にもつながります。
公式のニュースでは、特別な保全作業の間も礼拝堂は開館したままだったと案内されています。
決まった滞在時間の制限は公式に確認できませんでした。多くの人は15〜30分ほど見学します。混雑時は、後ろの人の流れを見ながら移動することになります。
礼拝堂では撮影ができず、ガイドの解説もできません。天井画の9場面と「最後の審判」の構成を、見学前に予習しておくと、短い時間で多くを理解できます。